「ハノイの本」のサウンドデザインを解説
リリース以降多くの皆様に楽しんで頂いているiOS向けパズルゲーム「ハノイの本」。
Ver.2.0の公開に合わせて、改めてハノイの本のサウンドデザインについて解説をしておきます。
今回はコテコテの音屋向けというよりは、ゲームを作るヒト向けに噛み砕いて書いています。
専門外だと嫌わず、クリエイター全てが少しずつ音楽のことを考えるキッカケになってくれれば良いな、と思っています。
そもそもサウンドデザインって?
「ゲームに音を付ける。」
そんな切り口だと、名だたる作曲家の面々が脳裏を過る方も多いと思うのですが、一般的には曲を作る人のほかに「どのシーンにどういう曲を当てはめたら良いのか?」「どこにSEが鳴れば自然なのか、あるいは”鳴らないとおかしいのか?”」などを考える、音のデザイナーの人がいます。
サウンドデザインとは、いかにしてゲームを「音」で彩って行くのかを考えることを指します。
しかし、サウンドデザインをお話する前にゲームシステムを説明しなくてはいけません。
音楽やSEだけで現在の状況や勝敗をプレイヤーに理解してもらうために、サウンドはシステムやルールと密接に関係する必要があるからです。
このゲームは「バラバラに散らばった本を長い方から順番に並べて行く」というパズルゲームです。
長い本は短い本の上には置けず、手順を考えて整理をしていかないといけません。16冊全てをきちんと棚に収める事が出来ればゲームクリアです。
いつも紹介している、白兎うなさんによる分かり易いイラスト http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=36186274
こんな具合のパズルゲームに、早速BGMや効果音を付けて行きましょう。
「ゲームの特徴」に合わせたBGMのデザイン
幸い、初回ミーティングの際にゲーム画面を見た時に曲自体のイメージはすぐに浮かびました。
ゆったりとしたゲームスピードと本と本棚という日常的な対象、諸々を意識しながら、ピアノとアコースティックギター、アコースティックベースとドラム、それに加えてストリングスというシンプルな編成でデータ化するまでには、1時間も掛からなかった様に思います。
普通はこの曲をBGMとして貼りつけて終わりなのですが、ハノイの本はそれだと問題がありました。
なぜなら、そもそも「ハノイの本は1ステージに掛かる時間が非常に長いゲーム」だからです。
1ステージ10分や20分はザラで、中には高難易度のステージを60分掛けてクリアした方もいました。
つまり、1分の曲を延々ループさせ続けるだけではプレイヤーがすぐに飽きてしまうのです。
そういう意味では、曲調はさておきエリック・サティの家具の音楽のようなコンセプトのBGMが好ましい筈ですが、それだけではやはり20分は間持ちしません。
これを解決するために、ハノイの本のBGMには以下のようなギミックを施しています。
一言で言うなら、「揃った本の册数をトリガーとしてトラック数を増やす」という事になります。
ゲームスタート時、つまり1冊も正しい位置に置かれていない状態ではPianoとDrumsだけの楽曲が再生されています。その後、2冊を正しい位置に置けたらBass、4冊目でGuitar、6冊目でRiffといった具合に次々にトラックが追加されて行きます。
この事による利点は2つ。
1. 実際には短いループミュージックだが、ゲームの状況によって楽曲が展開したように聴こえる
2. 楽曲がゲームの進行度とマッチしながら盛り上がって行くという感覚をプレイヤーが覚える
フェードイン尺はプログラマーと協力しながら吟味し、違和感のないレベルに設定しています。
音源だけでは分かり辛いので、どのように再生されているのかは実際に遊んで確かめてみて下さい。
さて、全部で16冊を並べる必要があるにも関わらず、なぜ10冊以降にトラックの追加が無いのか?
手抜きなのか?そう思われた方はなかなか鋭いです。これについては追って説明をします。
プレイヤーの感情を助長する効果音のデザイン
その前に、SE(効果音)についてお話をしておきます。雑な下図をご覧下さい。
ハノイの本では本を正しい位置に置いた時にキラーン☆という正解SEが鳴りますが、こちらはゲームの進行度(=正しい本の数)に合わせて音階が少しずつ上がって行く仕様になっています。
先ほど「ハノイの本はゲームスピードが遅い」という話をしたかと思うのですが、ゲームクリア目前、例えば残り4冊ほどになって来ると途端にゲームスピードが上がります。
なぜ?これは単純に、長い本が既に収納されている状況でパズルが簡単になっているからで、最後の方は連続して正解の本を棚に収めて行く事となります。この時がハノイの本において一番気持ちの良い瞬間かも知れません。
ということは、ここでは「もうすぐクリアだ!」というプレイヤーの感情をよりブーストするために、徐々にSEも盛り上がって行くデザインにするのが好ましいと考えられます。
SEの音階が徐々に上がって行き、最後の一冊を置いた後にクリアのジングルが再生される。これ自体はなんてことのないシンプルな仕組みですが、これがあるのと無いのではクリアに向かうプレイヤーの感情にかなりの差が出て来るはずです。
それでは、BGMが10冊以降に変化しなくなるというお話に戻ります。
理由はもうお分かりの通り、「このゲームは後半になればなるほどゲームスピードが上がる」からです。
もし終盤も同じように2册ずつトラックの追加を行っていたとしたら———12冊目を正しい位置に置き、続けざまに13,14冊目と本を置いた時、12冊目の追加トラックが完全にフェードインする前に14冊目の追加トラックの再生も始まってしまいます。
複数のトラックがほぼ同時間軸で再生された時に起こる急激な楽曲の変化、これは(家具の音楽の様に)BGM自体を意識させないという今作のコンセプトから外れたものになってしまいます。
だからこそ、連続して本を正しい位置に置く事となる後半部分はBGMの変化を止め、その代わりに連続して再生される効果音で盛り上がり感を演出しているのです。
おわりに
ハノイの本のサウンドについて、何を考えて何を実装したか。ざっくりと書いて来ました。
「思ったよりも色々考えてるんだな」と思った方もいれば、「まだまだ程度が低い」なんて思った方もいるかも知れません。実際に、この程度はプロの制作現場から見れば初歩の初歩、更に規模の大きなゲームでは往々にして技術的にも演出としても遥かにハイレベルな仕組みを(プレイヤーが気付く、気付かないは別として)組み込んでいるものです。
そうした情報は、例えばCEDECやSIG-Audioなどでその片鱗を味わう事が出来ます。
CEDEC2014 サウンドセッション一覧 http://cedec.cesa.or.jp/2014/session/SND/index.html SIG-Audio http://igdajaudio.blogspot.jp/ インタラクティブミュージック研究会 http://im-laboratory.tumblr.com/
もちろん、ゲームを作る人たち全員が全員こういったことを意識する必要はないかも知れません。
ですが、上記URL先のようにゲームサウンドに関する知見やノウハウが多く公開されている今、それを知りながらゲーム作りをするのと全く知らずにゲーム作りをするのでは、最終的な成果物のクオリティに差が出るのは当たり前のこと。
せっかくゲームというインタラクティブなコンテンツに付随するサウンドなのだから、単純に2MIXを再生して終わるのでは勿体ない。アイディア次第でいろいろな工夫が出来るはずです。
俺も勉強中の身ですが、様々な作品に触れる中でアイディアを自分の中に蓄えておきたいと考えていますし、この稚拙な文章が他の誰かのアイディアの基になってくれたら嬉しいなとも思っています。
音楽を作らないゲーム(あるいは映像)クリエイターの方におかれましても、
「自分の作った作品の”どこに” “どういう”音が付いていたら良いのか。」なんて事を少しでよいので頭の片隅で考えて頂くと良いかも知れません。目指せ、音屋に優しい世界!